篠崎さんが呪文を唱え終わった。
哲史も篠崎さんも悪魔の登場を待ってる。…どうかしてる。
あたしは知ってる。何も起こらないんだ。
もちろん生き返るならそれに越したことは無い。
でも、実際に起こるはずがないのよ。
今は正気を失っていて、悪魔なんてものにすがっているけど、
こんな当然のこと、二人も冷静になればわかるはず。
人は死んだら生き返らない。
残念だけど、だからこそ二人には一生懸命生きてほしい。
「どうして…っ!
 どうして悪魔が出ないの…どうしてよゥ…
 教えてよ…良樹君…ううっ」
篠崎さんが泣き崩れる。
あたしはそっと彼女に近づいた。
「篠崎さん…残念だけど、やっぱり悪魔なんていないのよ…
 人が生き返るなんて…無理なの」
「…違うわ」
「えっ?」
篠崎さんの目つきに、さっきまでの自信と強さが戻った。そして…狂気も。
「血が足りないのね。そうよね?
 良樹君を生き返らせるのにこんな鶏の血だけじゃ失礼よね。」
鶏はどこかの小学校から調達したと言っていた。
「ちょっと待って…どうする気!?」
「私の血を…」と、篠崎さんは自分の手首にナイフを突きつけた。
「やめてっ!」
あたしは彼女の手をつかんで制止した。
「もう無理なのよ…諦めましょう!自分のために生きて!
 岸沼君も…篠崎さんに生きてほしいからあなたを助けたのよ!」
「うるさい…うるさいうるさいうるさい!
 あなたに良樹君の何が分かるの!
 絶望的な死の世界で…私の助けを待ってるのよ!
 ……!」
「どうしたの?」
篠崎さんの手から力が抜けていく。
「わかったわ。私の血を使わないで…
 あなたのを使わせてもらうわ。」
「え…」
血しぶきが、目の前を覆った。



「わかったわ。私の血を使わないで…
 あなたのを使わせてもらうわ。」
しょうがないよね。良樹君を生き返らせるんだもの。
ごめんね中嶋さん。あなたに犠牲になってもらうわ。
私は中嶋さんに向かって、ナイフを突き立てた。
ザクッ。
手ごたえあり。
「篠崎…」
…持田君の声…?
「もうやめよう…篠崎…俺たちが間違ってたんだ」
「あ…あ…持田…君…!」
持田君がお腹から血を出してる…。
私がやったの?私が。刺した。さした!さしたさした刺したさし刺したした!
思わず私は後ずさった。後ろに立ててあった燭台が倒れる。
ボゥッと、魔法円を書くのに使った塗料に引火した。
「こんなことをしても…良樹も…由香も…喜びやしないんだ。
 篠崎…わかるよな…?」
わからない。何を言ってるの。持田君は悲しくないの?可愛い妹が理不尽に命を失った。
良樹君だって死ぬ理由なんて一つもない。何で。何で。何で。
こんなの認めない。認めない。私は嫌だ。こんな現実…。
炎は魔法円上に丸く輪のように広がった。
熱気が顔を襲った。どうでもいい。良樹君…。
と、炎の向こうに愛しい姿が。
ああ…そこにいるのね?良樹君…!
「待って!」
私は引き寄せられるように彼の元へ向かった。
炎が強くなる。関係ない。
良樹君。
良樹君!



「待って!」と言いながら篠崎は炎の中へ消えていった。追いかけなきゃ。
腹に激痛が走る。体が動かない。
「篠崎!どこへ行くんだ!」叫ぶと、腹のキズに響いた。
俺は痛みに耐え切れず、その場に倒れこんだ。
直美が俺を抱え込んだ。
「哲史!しっかりして!」
「大丈夫だ…聞こえてるよ。」
「大丈夫なわけないでしょ!こんなに血が…」
下を見ると俺の白い制服は半分くらい赤く染まっていた。
視界が狭まっていく。直美の声も小さくなっていく。
「バカ!なんで…なんでこんな無茶を…」
「何故かな…でも…お前は…早…く…逃げ…」
「もう無理よ…。炎に囲まれて、出られないわ。
 あたし、哲史と一緒に…ここにいるからね…」
辺りが火で囲まれている。熱気が激しい。
ポタッと落ちた直美の涙が、俺の頬の上で蒸発した。
陽炎と出血で視界も不安定になってきた。
しかし俺の目にははっきりと見えた。
かがんで俺を見下ろす直美の向こうに、由香が。
意識がぼんやりとしてくる。
直美の声も聞こえない。
由香…そこにいるのか…。
お前が俺の元へ来たのか。俺がお前の元へ来たのか。
どっちでもいいか。
大好きだよ…由香……。



今日未明、私立如月学園の校庭で出火し、男女5人の遺体が見つかりました。
損傷が激しく身元は不明ですが、
現在行方不明の同学園高等部の生徒、持田哲史君、岸沼良樹君、
中嶋直美さん、篠崎あゆみさん、中等部の、持田哲史君の妹である持田由香さんの5人である
可能性が高いとみて調査を続ける模様です。
高等部の4人は、今日行われる予定だった文化祭の実行委員で、
昨日も放課後残って準備をしていたということです。
消火活動に加わった消防隊の話によると、
「あの雨の中これほどの火事になることはありえない。人外的なものを感じた」とのこと。

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